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何故? 無農薬農業で酒屋をやるのか
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    私、社会人のスタートは機械設計のエンジニアでした。
     製鉄プラントの付属の磁選機とか電磁石の付いた自動機を設計していました。昭和40年台から50年ころまで、壊れない機械を作ることに精魂を傾けていました。
     不景気の波により紆余曲折ありて、バックホウメーカーにトラバーユして1年で社長が夜逃げ、その債権を従業員の労働債権のカタに譲られて、赤旗をあげたのが災いしてエンジニアの道がとざされ、それではと土地家屋調査士になりました。
     毎月供託に通っていた時、法務局の職員が「2ヶ月に一度でいいよ。」と教えてくれました。『地獄に仏』と感謝して『この業界で生きてみよう』と、気づけばもうじき40年です。
     12年前に友人が教えてくれました。「中国の勢いは留まることなく、このままだとみんな食べられちゃう。社員の食べ物を作るのは社長の仕事だ。」
     その頃、化学物質過敏症の症状が顕著になり、赤峰勝人先生の講演を聞いて「無農薬の玄米を食べるとアトピーが治る。」それを信じて玄米食をはじめ、無農薬の玄米は売っていなかったので、故郷に戻って無農薬の百姓をはじめました。

     無農薬の田んぼは雑草が敵ですが、足跡に草が生えていないことを発見して、「深水田んぼ」で検索して「日本不耕起栽培普及会」にたどり着き。入会して今年で6年目になります。
     自然のままの田んぼで育てたおコメは、美味しくても当地は「アンチ米どころ」山奥の高冷地のコメを喜ぶものおらずでしたが、逆に酒米としては優れた環境にあることをしり、酒やさんにお願いして「無添加のお酒」を作ってもらいました。

     横浜君嶋屋の君島社長のご協力を得て、佐久の花酒造さんが、無添加の酒を造ってくれました。
     実は、もう酒もビールも飲めない身体になっていましたが、それは呑んでも二日酔いにならず、快適でした。
     その事実から、「無化学肥料の米」「無添加の酒」が、身体に優しいことを理解して、米つくりの科学と、酒造りの科学を追求する道に入りました。

     蔵がいくら良いものを造っても、その総量に対する割合が数%ですと、大勢にに反する効能は謳うこと叶わず、「あんたが売れば」ということで、仕方なく酒販免許を取得しました。
     国税局と交渉の過程で「百姓が自分の米を売るために酒屋をやる」のに興味を抱いた関係者のお陰さまで、「自己商標酒類卸免許」を頂いて、自分で新しい酒に対する取り組みができるようになりました。

     自然米と自然酒の完成を夢見て、「江戸時代のように幾ら呑んでも大丈夫」という酒屋になりたいと考えておりますので、ご贔屓を宜しくお願いいたします。

    | 百姓酒屋の想い | 21:52 | comments(0) | - |
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